
こんにちは、Mellowです。

1人目の不妊治療期間は3年間。
当時は保険適用が始まる前で、212万円という高額な費用をかけて、ようやく授かることができました。
そんな我が家も2人目の妊娠について計画し始めました。
今回はこれまでの体験を、これから同じ道を歩く方に向けてまとめていきます。
はじまりは治療から
年齢的に、半年くらい授からなかったら検査をしてみようと思っていました。
自分を取り巻く環境も相まって、その頃には徐々にメンタルも削れ始めたので、それは結果的に妥当なジャッジでした。
ライフスタイルを周囲に合わせるべきと感じ、必要以上に駆け足になっていたような。
治療は母体となる身体の不調を整えるところから始まりました。
・子宮頸管ポリープ
・子宮内膜ポリープ(再発あり)
・子宮内フローラの改善
・PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)
・高プロラクチン血症の併発
・甲状腺機能亢進症
・CD138(子宮内膜炎)
次々に問題が見つかり、長い治療の日が続きました。
婦人科通いは生活の一部になり、仕事や予定も病院中心に回るように変化。
でも、これは自分たちが望んで選択した結果でした。
問題箇所を想像して片っ端から潰していくしか、成功への道がないと知ったから。
3年間の道のり
わが家が歩んだ治療のステップです。
タイミング法 ▶︎ 人工授精 ▶︎ 体外受精(IVF +PGT-A)
不妊治療各種をフルコースしたくらいのイメージ。
期待と落胆を何度繰り返したことでしょう。
各種検査の結果をみて、問題があるのは卵子もしくは卵胞の質ではないか?という仮説を立てた上で、人工授精は早々に切り上げ。
こうして不妊治療や男性機能・女性機能への知識は深まり、医師の独断ではなく、自らの意思を持って治療に挑みました。
高額な費用を払い、時間と心身を削る上で、妥協することはしなかった気がします。
2度の流産とPGT-A
体外受精に踏み切ったところで、すぐ妊娠。
しかしわずか8週で稽留流産。
悲しみを乗り越えてのトライも、また妊娠。
そして5週で化学流産。
妊娠は成立するのに、育たない。
流産や死産。
受け止め切れない現実は、さまざまなケースがあります。
私の経験はわずかな時間で、身体への負担もそう重くなく過ぎていったと思います。
しかし本来は体内で行われるべき全ての経過を目にしてきた為、自然妊娠ではきっと気づかなかったであろう経験や感情を体感してしまうものです。
自分の身体に、一瞬でも命が宿っていた事実。
このなんとも言えない重みは、当人と家族だけが理解できればそれでよいことだと知ります。
私の場合は、どんなに小さい命でもしっかり悲しかったです。
妊娠した6~7人に1人が経験するという流産。
私はたまたま2回続いただけかも知れない。
次はうまくいったかも知れない。
それでも、もう悲しみを繰り返さないため。
身体に負担をかけないために、医師の勧めでPGT-Aという検査を受けました。
提出した胚盤胞の一部の細胞を元にスコアを付け、質を見極める。
場合によっては、性別まで判別できてしまう。
これに対して「命の選別である」という厳しい声もあるとか。
結果として、提出した3つの胚盤胞はそれぞれ胚移植可能で高スコアでした。
治療で健康を取り戻した子宮に、スコアの1位を胚移植して誕生したのが娘です。
では、最初の2回の流産は何が原因だったのか。
2個の胚盤胞をPGT-Aに出していたら、どんな結果だったのか。
子宮は前回も準備万端に整えたはずなのに、たまたまコンディションが悪かったのか…
考えても考えても、正解は存在しない。
妊娠のプロセスはブラックボックスで、奇跡の連続です。
治療費の現実(保険適用前)
冒頭にも書きましたが、1人目を授かるまでの不妊治療費は 総額212万円。
これが保険適用前のリアルです。
自費の検査は1~3万ほどの費用がかかっていました。
私が原因が分からないままで次の機会を迎えることができず、受けた検査が多いです。
そして採卵⇢移植までで、およそ70万円ほど使用した記録になっています。
手元に何も残らない消費でこんな高額を支払い続ける経験はなく、金銭感覚も正直バグっていたと思います。
どこまで挑戦するか、金銭的・治療計画的なゴールを話し合いながら進めることは重要です。
一通りを終えて言えることかもしれませんが、命にかける投資だったと思うと後悔はありません。
これから受ける予定の保険適用での治療は、どのような感覚になるでしょう。
あの頃より物価もあがって生活しづらい世の中ではありますが、自分たちが描くライフプランに少しでも近づくよう、再び手を取り合って挑戦する気持ちです。
決して平坦な道ではありませんが、必ず得るものがあることは断言できます。
子どもを望むご夫婦たちの願いがたくさん叶っていくことを、心から祈ります。




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